妊娠を心待ちにしていた妊婦さんの中には、初診時に「妊娠してますよ」の後に続いて、「おめでとうございます」というドラマのような一言を期待する人がいらっしゃいます。
念願の赤ちゃんを授かることがどんなにうれしいのか僕らも分かりますから、ころ合いを見計らって一度おめでとうを言わせていただくことはあります。しかし、初診の患者さんに初めから伝えることはまずありません。
僕たちが安易に「おめでとう」と口にしないのにはそれなりの理由があります。妊娠が成立したとしてもそれは最初のハードルを超えたにすぎません。
妊娠が判明したといっても、子宮外妊娠のように子宮の中に妊娠していないこともあります。また、子宮の中に赤ちゃんの袋(胎嚢(たいのう))が見えたとしても、赤ちゃんの心拍が確認できるまでは初期流産が多いのです。さらに、心拍が確認でき、赤ちゃんが元気に動き出したかに見えても、残念ながら悲しい結果になることもあります。途中でいくつもの困難に遭遇するのが妊娠なのです。
こういう事情を理解してもらうことはなかなか難しいのです。細かく説明しようとするとリスクの話が中心となり、せっかく妊娠して喜んでいるところに冷や水を浴びせるようなことになりかねません。
そういうわけで、暗い話を最小限にする代わりに、明るい話も少し時期が来るまで抑えることになり、なんとも歯切れの悪いことになるのです。
医師から「おめでとう」と言われなかったことが余程悔しかったのか、家に帰ってから病院に電話をかけてくる方もいらっしゃいました。「産婦人科医なら患者と一緒に喜ぶのが筋だろう」というわけです。
もちろん、その意見に異論はありません。
ただ、僕らは母親が元気な赤ちゃんをしっかりとその手に抱いたのを見届けたときに、初めて心からのおめでとうを伝えたいと考えているのです。(産科医・ブロガー 田村正明)